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小学校、中学校の9年間不登校だった自分がゆたぼん君に思うこと

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こんにちは。ブログで公開するのは初めてですが、私は小学校、中学校の9年間、そして高校は通信制と、ほぼ12年間不登校として過ごしてきました。最近、10歳のYouTuberで「少年革命家」を自称するゆたぼんが話題に上っています。

正直この記事を書くつもりはなかったのですが、自分自身の経験とも重なる部分もあるのでせっかくなので記事にしてみようと思いました。

学校へ行かなくても生きていける?少年革命家ゆたぼんの主張

少年革命家、YouTuberとして炎上もしたゆたぼんの掲げるのは「学校なんて行かなくてもいい」、「不登校は不幸じゃない」という主張です。聞こえはいいですが、中身を見てみると、

宿題をやりたくないから、学校に通っている友達を見てロボットのように見えたから

らしいです。ネット上では多くの賛否が聞かれ、実業家の堀江貴文氏はゆたぼんに肯定的なツイートをしています。

では、実際に学校へ行かなくても、社会に適合し、生きていくことができるのでしょうか?もしくは、学校へ行ったらロボットのようになってしまうのでしょうか?

実際に12年間、学校へ通わなかった私が体験談を語りたいと思います。

学校へ行かないということ

私が学校へ行かなかったのは学校が嫌だからでも、いじめにあったからでもありません。ましてや周りがロボットに見えたからでもありません。両親の意向もあり、日本では珍しい「ホームスクール」という名のもと、家で勉強することを前提に学校へ行かせてくれなかったのです。

ホームスクールとは

ホームスクールとは、アメリカでは多くの子供が公的な学校に通わず、家で両親が教育する形態があります。多くの場合、同じような環境や地域の子供たちで(年代は若干違う)、親が主となって教育を行うことです。

また、それだけでなく、田舎であったため人付き合いといえるものがほとんどありませんでした。定期的に付き合いのあったのは他2世帯ほど。

そんな環境で育った自分ですが、子供のころは特にそれに大きな疑問を抱いてはいませんでした。中学生ぐらいになると、さすがにちょっとおかしいな?と思い始めましたが、ましてや小学生の時は親のやっていることに対し、自分の頭で考えて疑問を抱くということはほとんどなかったです。

現在話題に上っているゆたぼんも10歳です。自分で考えながらYouTubeをやっていると主張していますが、実際には周りが批判するように親に使われているだけでしょう。

小学生は確かに自分で考えられる年齢ではありますが、それでもやはり親の意向に強く逆らうというのは難しい年齢です。仮に疑問を抱いていても、強くは親に反抗できないという場合もあるでしょう。そのような場合、単純に不登校になってしまった場合よりも不幸かもしれません。

学校へ行かずに知識をつけられるのか?

知識は必ずしも必要ではないかもしれませんが、小学校、中学校で教えられる義務教育の内容はやはり生活には大切な知識です。私自身、家で勉強をしていましたし、最終的には高卒認定も取得し、大学も卒業しています。しかし、それでも自分の中のどこかで、学校へ行っていないというコンプレックスはあります。

学校へ行かないとどうなる?

では小学校から高校まで、学校へ一度も通わないとどうなるのでしょうか?現在私は幸いないことに就職もし、縁があって今はモロッコで働いています。

しかし、学校へ行っていなかった弊害も出てきています。

特に大きいのが、初対面での会話の内容やグループトークについていけないというものです。これは個人のコミュニケーション能力によるところもあるかと思いますが、知り合って間もない場合、お互いを知るために小学校の頃の話や、中学校の頃の話など、学校でどうだったかという話題が出てくることがしばしばあります。

そんな時、学校へ行っていなかったがために、会話にうまく参加できず、おとなしくなってしまうケースが多々あります。

また、これは自分の家庭の場合の話ですが、学校へ行かないだけでなく、社会のあらゆるものと分断されていました。そのため、テレビやゲームなどといったものは一切触れてこなかったのです。

そのため、前述したように小さい頃の話題になると、「~~がはやったよね!」などという会話に一切ついていくことができないのです。

学校へ行かないと不幸?

私は決して学校へ行かないことが不幸だといいたいわけではありません。しかし、自分の意志でしっかり考え、行動に責任を持てないうちは、周りに合わせておいたほうが良いということです。

特に日本では、空気を読む文化があります。周りに合わせるという文化があります。学校へ行かないということは、そういった空気を読む力、周りに合わせる力を身に着ける機会を失うということでもあるのです。

幸いなことに現代では、人と積極的にコミュニケーションをとらずとも、在宅で仕事をし生きていくこともできる時代です。しかし、日本という社会で生きていく以上、「一般」の日本人というのはどういう人生を歩んでいるのかを知ることは必要だと思います。

そのうえで、自分の行動に責任を持てるようになったとき、周りと違う行動をするのはよいでしょう。しかし、まだ自分の行動に責任を持てないうちはしっかりと周りに合わせておいたほうが良いでしょう。

本当は学校に行きたい“普通”を求める子供たち

ゆたぼん君について調べているとき、偶然こちらの記事を見つけました。

その記事では不登校について次のように述べていました

彼らの多くが本当は学校に行きたいけどいけない子なんだよ。―中略―理由はいろいろあるけれど、彼らは本当は学校に行きたいんだよ。

※抜粋ですので、原文についてはリンク先から確認してください。

同じように、親の意向で学校に行かなかった私は、当時はそこまで考えていませんでしたが、大学へ進学した際にコミュニケーションをとるのに苦労しました。また、その後ある程度なじめてきましたし、無事社会人になることもできました。

しかし、それでも今思うのが、

本当は学校に行きたかったんだよ。親の意向で学校へ行かず、当時は深く考えることはなかったけれど、社会に出ていろいろな人に会えば会うほど、学校へ行っていればよかったと思うのです。

過去は変えられません。また、残念なことに親を選ぶことはできません。でも、だから親になる人には、自分の行動に責任を持ってほしいですし、何よりも子供を産むのであれば、自分のことばかりではなく、子供のことを考えてほしいと思います。

なかなか、文章をうまくまとめることができませんが、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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